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東京地方裁判所 昭和42年(ヨ)2251号 判決 1969年7月15日

申請人 福田居代

右訴訟代理人弁護士 真部勉

右同 島田正雄

被申請人 東京科学株式会社

右代表者代表取締役 馬淵健一

右訴訟代理人弁護士 河村貞二

主文

(一)  被申請人は、申請人に対し、金二、七〇〇円及び昭和四二年三月二一日から本案判決確定に至るまで毎翌月二九日限り金一五、九三六円あてを支払え。

(二)  申請人のその余の申請を棄却する。

(三)  訴訟費用は、被申請人の負担とする。

申立

申請人の求めた裁判

(一)  申請人が被申請人に対して雇用契約上の権利を有することを仮りに定める。

(二)  被申請人は、申請人に対し、金三、三六四円及び昭和四二年三月二一日から申請人が被申請人に対して提起する解雇無効確認請求訴訟の判決確定に至るまで毎翌月二九日限り、金一六、六〇〇円あてを仮りに支払え。

(三)  申請費用は、被申請人の負担とする。

被申請人の求めた裁判

(一)  申請人の申請を却下する。

(二)  申請費用は、申請人の負担とする。

主張

申請人の申請理由

(一)  申請人は、昭和四〇年一月六日被申請人に試用社員として雇用され、昭和四一年一月二四日に準社員に登用された。

(二)  被申請人は、申請人をその従業員ではないとして、昭和四二年三月一四日以降の賃金の支払をしない。

(三)  被申請人の雇用する従業員の賃金は、前月二一日から当月二〇日までの分を当月二九日に支払うこととなっている。

(四)  申請人の賃金は、日給月給で、一日当り金六六四円であり、毎月平均二五日就労していたから、その一ヶ月平均の賃金は金一六、六〇〇円であった。

(五)  よって、申請人の求める裁判欄記載のとおりの判決を求める。

被申請人の答弁

申請人の申請理由(一)ないし(三)項の事実は認める。同(四)項中申請人の日給額の点のみ認め、その余の事実は争う。

被申請人の抗弁

(一)  申請人は、試用社員として採用された際及び準社員に登用された際、いずれも姓名・経歴本籍等を詐称していたものであるから、被申請人は、就業規則に基いて昭和四二年三月一三日申請人を懲戒解雇したものである。

(二)  申請人は、昭和四一年八月二〇日以降被申請人の工場女子手洗所内の壁その他にマジックインキで会社幹部等を誹謗する落書を行って、工場施設に対する著しい毀損行為をし、又、同月二六日の始業時直前、無断で多数のビラを持ち込んで全職場のコンベアーの上その他広範囲に配布したため、作業開始と共にビラがコンベアーの上を流れ、従業員達がこれを手に取って見たりしたことによって、約四〇分間職場内に著しい混乱を招き、作業を遅延して業務上重大な支障を来したので、被申請人は、これらの行為が被申請人会社の規律を紊乱する行為であるとして、昭和四三年三月一八日予備的に懲戒解雇に処したものである。

申請人の答弁

(一)  被申請人の抗弁第(一)項の事実は、詐称したという点を除いて認める。申請人としては、大した意味もなく通称名等を届け出たに過ぎない。

(二)  同第(二)項中、申請人が昭和四一年八月二〇日に女子手洗所内で落書をしたこと、同月二九日の始業時直前、被申請人の許可を得ないで、ビラを工場内に持ち込んで配布したこと、被申請人が、その主張の日に予備的懲戒解雇の意思表示をしたことは、認めるが、その余の事実は否認する。

申請人の再抗弁

申請人は、択一的に次のとおり主張する。

(一)  姓名経歴等の誤りは、申請人が意識的に行ったものではなく、単なる思い違いによるものであって、その不当性は殆んどなく、又、落書ないしビラ配布行為の違法性も極めて軽微のものであって、いずれの懲戒解雇も権利濫用として無効である。

(二)  本件懲戒解雇は、被申請人が、申請人を民主青年同盟に属する共産党員であると考え、これを企業外に排除するためになしたものであって、思想信条を理由とする違法無効なものである。

(三)  本件第一次の解雇当時、申請人が、被申請人の工場内に葛飾合同労組の分会を結成しようとしたところ、これを知った被申請人は、申請人の組合活動圧殺するために本件各懲戒解雇の行為に出たものであって、その解雇は、不当労働行為に該当して無効である。

(四)  予備的懲戒解雇の事由は、第一次解雇の際充分考慮された事由であるから、これを再び持ち出した予備的解雇は、二重処分として許されないものである。

(五)  被申請人会社には、申請人も加入している関東一般化学労働組合東京科学支部という労働組合(以下「支部組合」という。)があり、被申請人と支部組合間の労働協約には、組合員を懲戒解雇する場合には組合の同意を要する旨定められているところ、本件予備的懲戒解雇についてはその同意がないから無効である。

被申請人の答弁

申請人の再抗弁第(一)ないし(四)項の事実は、全部否認する。

同第(五)項の事実は、解雇について支部組合の同意がないから無効であるという点を除いて認める。

支部組合の同意については第一次懲戒解雇について得てあるので、予備的懲戒解雇についてさらに同意を得る必要はない。仮りにその同意が必要であるとしても、被申請人は、昭和四三年三月二八日その同意を得た。

疎明

≪省略≫

判断

申請人は、昭和四〇年一月六日被申請人に試用社員として雇用され、昭和四一年一二月四日に準社員に登用されたこと、被申請人は、申請人が姓名経歴等を詐称したという理由で昭和四二年三月一三日申請人を懲戒解雇し、さらに、申請人が工場女子手洗所内の壁等にマジックインキで会社幹部を誹謗する落書をし、且つ、無断で多数のビラを工場内に持ち込んで広範囲に配布したこと等を理由として昭和四三年三月一八日予備的懲戒解雇の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

そこで、解雇の効力について判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、一応、次の事実が認められる。

申請人の本名は大沢居代(結婚して姓は「福田」と変った。)、母親の名前は大沢チエ子で、本籍は○○県○○郡○○町大字○○○○○○○番地であった。

申請人は、被申請人に雇用される約二月前に台東区から葛飾区○○○丁目○○番○○号に転居し、昭和三九年一〇月三一日、自らその旨を区役所に届け出たが、その際、異動届書には、自分は勿論母親の名前も本名を記載し、本籍も誤りなく届け出ていたし、被申請人に採用される前の勤先である○○○○に入社するときも、正しい本籍氏名を届け出ていた。

ところが、申請人は、被申請人に試用社員として採用された昭和四〇年一月に提出した履歴書には、

氏名 大沢富美子

本籍 栃木県佐野市○○町○○○○○

戸籍の筆頭者 母・大沢千枝

職歴 昭和三二年四月から昭和三六年八月まで家事手伝

昭和三六年九月○○○○入社

昭和三九年一二月都合により退社

と記載しており、準社員に登用された昭和四一年二月提出の社員調査表には、氏名・本籍・母の氏名は右と同じで、職歴としては、昭和三七年一一月から昭和三九年一二月まで○○○○に勤めていたことになっており、さらに、昭和四二年二月提出した社員調査表には、本人及び母の氏名は右と同じで、本籍は、栃木県佐野市○○○○町○○○○○と記載し、○○○○に勤務した期間は、昭和四一年二月提出した分と同じであった。

申請人が準社員に登用されて約一年経った昭和四二年二月、被申請人は、それまでやっていなかった申請人の本籍照会をしたところ、たまたま、申請人の名前・本籍・母親の名前が被申請人に届けられているものと相違することが判明した。

そこで、被申請人の岩倉人事課長・有松人事課長補佐竹中人事係長等は、同月二七日午前一〇時頃申請人を会社応接室に呼び入れて色々尋ねたところ、当初「絶対に間違いありません。」と答えていた申請人も、後では、「本籍地は記憶がない。母の名前は知らない。自分の名前は中学時代から富美子と称していた。」と改め、さらに岩倉人事課長等に、○○○○に電話するように要求されて申請人自ら電話をした結果、正しい本籍地も判明し、職歴としても中学卒業後二年間女中奉公をし、その後○○堂や○○縫製所等を経て○○○○に入社したものであることが明らかとなった。

しかしながら、申請人は、中学時代から「居代」という自分の名前にひけ目を感じて通常富美子と名乗っており、被申請人会社に入社前から、友達からは大沢富美子と呼ばれ、大沢富美子名で手紙の往復をしていたし、母の名前も古くから「チエ子」を「千枝」として使用していた。又本籍として記載した佐野市は、申請人がもと母親と一緒に暮していたところで現在も母親の居住している場所であった。

被申請人の就業規則第一〇四条には、姓名・経歴を偽り、その他詐術を用いて採用されたときは諭旨退職または懲戒解雇に処する。と定められているので、右二七日、岩倉人事課長等は、申請人に姓名経歴等の詐称があったとして、申請人に対して強く自己退職をするように要求したけれども、申請人が頑としてその要求に応じないまま時間が過ぎて行った。そうして午後五時項になった時、申請人は、一計を案じ、「明二八日朝八時に自己退職の届を出す。」という趣旨の念書を書いたが、有松人事課長補佐に、「明日書かなかったらどうするか。」と反問されたため、申請人は、「書くわよ。書けばいいでしょう。書かなければ首にすればいいじゃない。」と云い捨てて同日午後五時二五分頃応接室を出て行ってしまった。

被申請人は、申請人が退職届を提出しないので、昭和四二年三月一三日、申請人が姓名・経歴等を詐称したという理由で懲戒解雇の意思表示を行った(この点前判示のとおり当事者間に争いがない。)が、その意思表示をするについては予告手当を提供したものであり、勿論労働基準監督署長の除外認定を受けなかった。

これより前、昭和四一年八月頃被申請人会社では臨時工約四〇名を解雇するという問題が生じた。それまでは臨時工も試験を経て準社員に登用されていた。この解雇問題を知った申請人は、何等かの対策を立てたいと考え、総評の全国一般東京地本葛飾合同労組からのオルグ派遣を得て、種々その対策について討議を重ねたが、臨時工を解雇反対斗争に結集することはできず、結局、解雇予告のなされた後(予告は同月一二日)、臨時工の有志数人が申請人方に集まって、申請人の指導の下に、落書きやビラまきで会社の処置に抗議しようと話し合った上、八月二〇日本社工場の一・二階にある五つの女子便所内の壁等にマジックインキで、「愛しちゃったのよ、この会社を。なのにクビになったのよ。」「部長にはスパイがいる。」「部長はやり方がきたない。うそつき。」等を落書きし、(落書をしたことは前判示のとおり当事者間に争いがない。)これを発見した被申請人が白ペンキで塗りつぶしたところ、翌二一日にも四つの女子便所内に、翌々二二日には一つの女子便所内に同様の落書をした外、同月二六日会社の承諾を得ないで、多数のビラ(その数は二、三百枚になっていたのではないかと思われる。)を工場内に持ち込み、始業前に本社工場の全職場のコンベアの上、仕掛台や製品の箱の中、洗面所の鏡の前の棚の上等に配布したのであった(ビラ配布の点は、前判示のとおり当事者間に争いがない。)。そのビラには、「組合員のみなさんに訴える。」と題し、「組合員のみなさんも御存知の通り、私達臨時工は、八月一二日首切を予告されました。なぜ私達は首を切られなければならなかったのでしょうか。いくら会社がひまとはいえ、会社側の一方的な都合だけで首を切ることがゆるされて良いものでしょうか?私達は本工になる為に一生懸命に努力し、働いて来ました。それにも拘らず、六ヶ月はおろか、一年・二年経った現在でも臨時工の状態です。忙しいときは残業を強制され、いまになったらまるで「ゴミ」のようにまるめてポイされて黙っていろたってそりゃ無理ヨネー皆さん。皆さんだったらどうしますか?やはり考えざるを得ないでしょう。私達首を切られることによって私達の生活や権利はいったいどうなるのでしょう。やはり自分達で考えるより道はないのです。現在起っている首切問題は、単に臨時工だけのものでないと思います。あと数日もすれば私達が首を切られたように組合員だって同じような状態になって行くと思います。今こそ経営者の本当の姿を知り、皆さんが臨時工の問題もとりあげてくれるよう願います。」という内容が記載されていた。当時、臨時工は組合員資格がなく、会社に不満を訴える手段を持っていなかった。

被申請人は、臨時工の者を呼んで、誰が落書やビラ配布をやったか調査したところ、申請人の指導によるものであることが判明したので、人事課でその頃申請人を呼んで問いただしたが、申請人は自認せず、又、申請人の指導によるものであることを明らかにした者が、自分の名前を出して貰っては困ると云ったために、申請人に対しては、何等の処置をすることなくそのままにしておいた。

なお、申請人のすすめによって、八月の末頃葛飾合同労組の東京科学分会が出来たが、右の分会に加入したのは、臨時工の根本・伊藤・福本の三名に過ぎず、その後は、殆んど活動らしい活動は行われなかった。

被申請人会社には、総同盟関東一般化学労働組合東京科学支部があり(支部組合のあることは、当事者間に争いがない。)、被申請人と右支部組合間に締結された労働協約第一六条には「組合は、会社施設内で集会演説放送および印刷物配布等を行なうときには、あらかじめ会社に届出て原則として休憩時間中に行う。」と協定されており、これを承けて、就業規則第一〇四条第一四号は、会社の許可を受けないで、会社内で演説・集会・放送をしたり、印刷物を掲示もしくは配布をし、それが合法的組合活動によらない行為と認めたときは、その者を諭旨解雇又は懲戒解雇に処する旨が規定されており、申請人は、右支部組合に所属する組合員で、準社員に登用の際労働協約ないし就業規則の配布を受けており、右のような規定の存在することは充分了知していたと考えられるが、右のビラ配布については、支部組合の了解を得ていないことは勿論、会社の許可を受けたものでもなかった。

本件仮処分の申請があり、その審理の段階で、申請人側の証人が、前記落書・ビラ配布は、申請人の指導によるものであると証言したため、被申請人代理人は、昭和四三年三月一八日の本件第六回口頭弁論期日において、申請人本人の面前で、右落書及びビラ配布を理由として、予備的懲戒解雇の意思表示をするに至った。

と認められ(る。)≪証拠判断省略≫

本件において、申請人は、本件解雇は、権利濫用ないし不当労働行為に該当し、又は思想信条を理由とするものであって、いずれにしても無効であると択一的な主張をする(その他にも、二重処分・労働協約違反の主張がある。)

先ず、権利濫用と不当労働行為の関係について考察する。

一般に、使用者がその雇用する従業員を解雇するには、それ相当の合理的な理由の存在を必要とするものであり、若し、全くその理由を欠く場合は勿論、或る程度の理由があっても、それが合理的に解雇を相当とするに足りないものである場合には、その解雇は、権利の濫用として効力を生じないものと解するのが相当である(これを極言すれば、単純に「合理的な相当の理由のない解雇は即無効」ということに等しいものであり、当裁判所もその立場に賛成するものであるけれども、それだけでは、実定法上の根拠を持たないとの批判を受ける可能性があり、現在の段階では、一応、権利濫用の法理を借用することとしよう。)。このことは、後記のように労働法上の要請であると共に、判例法によって確立されたところであるということができる。

しかして、解雇について合理的に納得のできる相当の理由がある場合には、たとえ、使用者に不当労働行為意思が存在する場合でも、その解雇は有効なものであるとするのを相当とする。何となれば、例えば、六〇パーセントの事由をもって解雇有効と見るべき場合に、或る者について六五パーセントの解雇に相当する事由が存在するが、使用者側に、それ以上に七〇パーセントの不当労働行為に該当する事由が存在するときに、これを不当労働行為として解雇無効とするのは問題である。やはり、六五パーセントの解雇事由が存在する以上、不当労働行為に該当する事由が五〇パーセント存在していても七〇パーセント存在していても、同様に解雇有効としてとらえるべきであって、決定的な理由がどちらであるかということによって解雇の有効無効を決定すべきものではないと云うべきであるからである。又、同じ解雇を相当とする合理的な事由が存在するときに、或る使用者は組合を嫌悪する情が強く、他の使用者は、それ程組合を嫌悪しないものとすると、組合を嫌悪する情の強い使用者のした解雇は無効となるが、組合嫌悪の情の弱い使用者のした解雇は有効となるとするならば、その結論は、人々を納得させるに足りるものではないといえるからである。さらに又、右とは逆に、使用者が解雇に踏み切った事由が、四〇パーセント程度のものに過ぎず到底六〇パーセントに達しない場合には、使用者に不当労働行為意思がなくても、その解雇は無効であり、七〇パーセントの不当行為に該当する理由があっても同様に無効であるけれども、それは、七〇パーセントの不当労働行為の意思の存在により不当労働行為として無効になるものではなく、単に解雇するについての相当な合理的理由が存在しないことのために無効となるというべきであるからである。云いかえれば、不当労働行為として解雇無効とされる事案においては、解雇するについての合理的な相当の事由が存在しない故に解雇が無効となるのであって、不当労働行為なるが故に解雇無効となると解するのは相当でない。結局は、不当労働行為意思の存在も解雇権濫用の有無を判定する上での一資料たるに止まり、独立の解雇無効原因の一つとして採り上げるべき性質のものではないというべきこととなろう。

なる程、不当労働行為に該当する解雇は即無効とする立場や、公序に反し(権利の濫用となって)無効とする見解があるが、不当労働行為の成立には、先ずそこに、組合活動家と非組合員(ないし非活動家)との間における差別待遇の存在することを前提とすべきものであることは明文上明らかである。差別待遇の存在を前提とする以上、非活動家を解雇する場合にも或る合理的な一線の存在することも承認せざるを得ない。合理的な理由がなければ解雇されないとの一線が画されていないならば、差別待遇自体の起り得る余地がないからである。従って、右の不当労働行為による解雇無効の見解を採る以上、先ず差別待遇の存在を前提とすべきものである。解雇するについて合理的な理由の存在が要求されるとすれば、それのない解雇が無効であると解すべきことも又自明の理であるから、差別待遇の存在(即ち合理的解雇理由の不存在)を要件とする不当労働行為による解雇無効の立場は、合理的理由と同一義となるものであり、それは、私法上の合理的理由説を公法である労働組合法の面から評価したものに過ぎないものであって、或る事象に対して、表と裏の双方から観じて法的評価を加えたものに外ならないというべきである。

のみならず、合理的理由のない解雇は権利の濫用として無効とするのが判例の大勢であるが、権利濫用の外に、なお、不当労働行為即無効の見解が成り立ち得るとするならば、その見解は、その当然の前提として、解雇には合理的理由を必要としないとするいわゆる解雇自由の原則を承認しているといえるのではあるまいか。そうして、若し、解雇が自由であり、使用者は、民法第六二七条によって、何時でも自由に何等の制約を受けないで解雇をなし得るとするならば、元来差別待遇という観念自体の成立する余地がない筈である。とすると、解雇自由の原則を承認した上で、不当労働行為の成立について構成要件としての差別待遇の存在を要求すること自体背理である。差別待遇というのは、そこに或る合理的な一線が存在しており、その一線に達しない者を解雇する等の場合に生ずる現象であり、これが使用者の不当労働行為意思に基くときには、別に労働組合法上の救済をも受けることができるものであって、差別待遇が、不当労働行為意思に基かない例えば単なる感情的なものが原因である場合でも、その差別待遇(解雇)は、使用者は従業員を平等に取り扱うべきであるとの原則(これは憲法その他実定法上の原則であると共に実定法以前の原則でもある。)に違反することとなって、違法性を帯び、いずれにしろ私法上無効(権利濫用ないし相当な理由なしとして)との評価を免れないものというべきである。

そうして、実務の取扱は、長い間、実質上、解雇について合理的な理由の存在を要求して、それ相当の理由のない解雇は無効である(権利濫用と云うかどうかはともかく、)とする見解を取り続けたものであってみれば、解雇自由の原則は、もはや現段階では、既に判例法上克服されてしまった法原則であるといわなければならず、不当労働行為を理由とする解雇無効の理論は、解雇自由の原則に対する一個の制限事由たる役割を果していたに過ぎないのであるから、右のように解雇について合理的な相当の理由の存在を必要とするとする以上(労働者としては単に、合理的理由のない解雇で権利の濫用であると主張すれば足り、その解雇が権利の濫用に該当することまで立証する必要はない。却って、使用者の側において、それを抗弁(合理的理由説の立場から)と見るか、積極否認と(権利濫用説の立場から)見るかはともかくとして、合理的な相当の理由の存在を主張し、且つ立証の責任を負担しているもの、換言すれば、事実上立証責任が転換されているものと見るのが相当である。)、不当労働行為意思の存否というものは、いわゆる公法としての労働組合法上の救済手続において救済を与える際に問題となるかどうかはともかく、実体私法上の解雇の有効無効の判定基準とするのは、極めて不相当であるばかりでなく、不当労働行為意思という目に見えない使用者の内心の情念を詮索して、このように不安定でしかも不確実な要素を解雇の効力判定の一基準として設定することも問題であるのである。その意味において、解雇の有効無効の判定に関する決定的原因説は、行為の性質を、不当労働行為意思の大小という使用者の主観(主観説)によって判断しようとする半面、差別待遇の存否という客観的な面(差別待遇を重視するのは客観説)を過小評価するものに外ならず、その当然の前提として解雇自由の立場に立たざるを得ないであろうから、その解雇自由の原則が超克されてしまった現在、決定的原因説は、もはやその価値を減殺するに至ったと評価することができよう。

次に権利濫用と思想信条を理由とする解雇との関係についても一言する。

思想信条を理由とする解雇の場合も、不当労働行為による解雇の場合と同様に論ずることができる。労働基準法第三条は、国籍・信条・社会的身分による差別取扱を禁止し、これに違反したものを刑罰によって処罰することを定めているが、同条は、使用者が従業員を平等に取り扱って差別しないことを当然の前提としており、その中でも国籍・信条・社会的身分によって差別待遇行為を行った使用者に対して刑事制裁をもって臨むこととしたものであると解すべきである。とすると、合理的理由のない差別は、それ自体違法なものであって、解雇の有効無効は、思想信条等を理由としたかどうかによって定まるものではないといわなければならない。

以上説示したところによって明らかなとおり、不当労働行為の主張ないし思想信条違反の主張は、訴訟上解雇の無効を主張するための独立の請求原因ないし抗弁となるものではなく、権利濫用又は合理的理由の不存在の主張の一事情に過ぎないものと云うべきである。従って、労働組合の歴史や会社の不当労働行為の歴史などは、元来、法廷において、それ自体が立証の対象になるものではなく、又原則としてその必要もない。問題は、その解雇の理由とされる事由が一般人を納得させるに足る合理的なものであるかどうかにかかっており、その点の立証は、専ら使用者側において負担しているものというべきである。

本件においてこれを見るに、成る程、申請人は、被申請人会社に入社する僅か二月前、転居に伴って自ら区役所に正しい氏名・本籍・母の名を届け出ていると共に、一般の場合、成年に達した普通人が母の名前や本籍を知らないということは稀有のことであろうと解されるから、前認定のとおり、申請人が氏名・本籍・母の名等を詐称したのは、何らかの意図に基くものではないかと疑えないことはない。しかしながら、申請人は、中学時代から「富美子」という通称を使っていて、友達の間でもそれで通っており、又母もずっと千枝という通称を使用している外、履歴書等に本籍として記載した場所も、申請人が嘗つて母親と共に暮し、現在も母親の居住している場所であることは、前認定のとおりであって見れば、被申請人において身元調査等をすればその点容易に判明することであって、申請人が、殊更自己の身上調査等をされるのを嫌ってそのような記載をしたものとは認め難く、やはり、たいした考えもなく記載したものと見るのが相当であろう。又職歴の点についても○○○○について調査をすれば直ちに判然とするところであって、同様に解することができる。一方被申請人側についてこれを見るに、申請人を採用する際に、戸籍謄本等を徴したこともなく、面接試験を一回やっただけで直ちに採用を決定したものであり(この点申請人の供述によって認める。)、又前認定のとおり、準社員に登用した時も本籍照会等を行わず準社員登用後約一年経ってから本籍照会をしたような有様であって見れば、単なる玩具用のモーター組立に従事する女子工員たる申請人の本籍や経歴等について、被申請人がそれ程重大な関心を払っていたかどうか極めて疑問であり、被申請人としては、専ら申請人の女工としての労働力だけを重視していたのではないかと見得る余地がある。のみならず、従業員に真実申告義務があることは多言を要しないところであるけれども、使用者側においても、使用者として必要とする事項について調査をすべき一半の義務があり、その義務を尽さないでおきながら、従業員の義務違反のみを非難することは相当なものではないというべきである。なる程、申請人の行為は、結局は、氏名経歴等に関する真実申告義務に反するもので、就業規則に違反する違法なものであるが、その違法はそれ程大きなものではなく、その労働力の評価を誤るものでも、被申請人との信頼関係をそれ程破壊するものでもないと見るべきであって、これをもって、譴責減給出勤停止等の処分をするのはともかく、懲戒解雇に相当する合理的な理由に該当するとは、到底首肯することができない。

次に、予備的解雇の事由であるが、便所の落書ないしビラ配布が申請人の指導の下に行われ、そのビラ配布について被申請人の許可を受けていなかったのは、正に前認定のとおりである。そのビラ配布が就業規則に違反するものであり、落書が正に不当な行状に該当することは多言を要しないところであって、申請人の行動は、それ自体非難されてしかるべきであるというべきである。しかしながら、共同便所の落書というものは、一般日本人の通弊であることは経験の教えるところであり、又配布したビラにしても、正式に組合を通じて被申請人に対して配布の許可を求めてくれば、前記の内容からして当然にその許可を与えるべき性質のものであったと見るべきであって、その配布の手続について欠くるところがあり、その配布の方法において若干妥当でない憾みがあったとしても、苦情処理に関する正当な手段を持たなかった臨時工ないしこれを援助した申請人にとっては、或る程度同情すべき面を持っており、このビラ配布ないし落書をもって、申請人を企業外に放遂するに足りる相当の理由に該当するとは到底認めることはできない。この点、申請人の指導したビラ配布行為によって、約四〇分間にわたって職場内に著しい混乱を来し、業務上重大な支障を来したとの被申請人の主張は、あまりにも大げさ過ぎて殆んど信用するに足りない。

ところで、被申請人は、申請人に対して第一次の懲戒解雇と第二次の懲戒解雇の意思表示を行ったものであり、第二次の解雇事由は、第一次の解雇の意思表示以前に生じたものであること、その懲戒解雇には予告手当の提供がなされて、労働基準監督署長の除外認定を受けていないことは前認定のとおりである。しかして、雇用契約関係を終了せしめるには、解除の意思表示をすれば十分であって、別段解除の理由即ち解雇の理由を告げる必要のないのが原則である。現今世間一般に、解雇の場合懲戒解雇と諭旨解雇の二種類の法律概念が存在するように考えられている。なる程、企業は、その就業規則中に懲戒に関する定めがない場合でも、企業秩序を紊乱した者に対して、その秩序を維持する必要上、懲戒処分を行うことのできる本来的な権限を有しているものであるが、その懲戒は、飽くまで対内的関係において行使できるものに過ぎず、国家が国民に対して刑罰を科するのとは違って、対外的な関係においてまで懲戒処分に付することは許されないものであるというべきである(一応公法関係を除く。)。対外的には、例えば解雇の場合について見るに、そこには、法律上即時解雇と予告解雇の二者があるに過ぎないのであって、その他に懲戒解雇という法律概念が存在するものでないのは勿論、懲戒解雇という法律構成要件の存在自体を承認することもできない。懲戒解雇という概念は、ショップ解雇・整理解雇・破産に因る解雇その他の概念と共に、それらと同列に観ずべき事実上の概念に外ならず、解雇の原因の一面を表現するだけのものといわなければならない。従って、企業が従業員を解雇する場合には、単に「解雇する。」と言いさえすれば良く、「懲戒解雇する。」と言う必要は毛頭存在しないのである。企業としては、その解雇が予告期間を置かない(予告手当を支払わない。)即時のものか、予告期間を置く(予告手当を支払う。)ものであるかを定めれば十分である、唯、即時解雇については、労働基準監督署長の除外認定を受けない限り、即時の解雇としての効力が生じないだけで予告期間を置くべき解雇となるに過ぎないものというべきである。否、むしろ、除外認定の有無は予告期間を置くべきかどうか、即ち予告手当を支払うべきかどうかの単なる法定条件たるに止まり、解雇の有効無効判定に関しては、即時解雇・予告解雇の概念すら不要であると言っても過言ではないのである。企業が従業員を懲戒し、これに退職金を支払わないことにできるかどうか、又そのことを就業規則中に定め得るかどうかは、その退職金の法的性質から生ずるものであって、解雇そのものとは直接の関係を持たない別個の問題であると言わなければならない。

人、或いは、「懲戒解雇する。」と言った場合と、単に「解雇する。」と言った場合では、実際上相当の差異があると反論するかも知れない。しかしながら、現今、企業整理等の必要もないのに、「解雇する。」と言った場合には、一般には、それだけで、従業員に何等かの責に帰すべき事由があって解雇されたと見るのが通常であり、「懲戒解雇」と「解雇」の間にそれ程の径庭があるとも考えられず、又離職票は「懲戒」の文字を記入すべき要請もないのである。又、裁判上の和解を行う場合でも、労働者は一方的に解雇されたということを極端に嫌い、懲戒解雇であれ、普通解雇であれ、その解雇の意思表示の撤回を求め、改めて、双方の合意によって雇用契約の解約をしたこととするのが通例であり、「懲戒解雇」と単なる「解雇」の間にそれ程の差異があるものとは見ることができない。

本件において、被申請人は、申請人を「懲戒解雇する」という意思を表示したこととなっているが、前述のとおり、従業員を対内的に懲戒するかどうかと、対外的に解雇するかどうかは別個の問題であって、懲戒解雇を普通解雇に転換することができるかどうかも殆んど論ずる価値のないものといえよう。特に本件では、懲戒解雇とはいうものの、予告手当の提供がなされているものであって見ればなおさらであり、要は、申請人の行動が解雇するに値するかどうかを判断すれば足りるのである。

しかして、前述のとおり、従業員を解雇するについては、それ相当の合理的な理由の存在を必要とするものであるが、その解雇理由は客観的に存在しておれば十分であり、必ずしも使用者自身がその解雇の意思表示をした当時その事由全部を認識している必要はないものと解すべきである(解雇された従業員自身は、自分に不正行為があるかどうか充分承知しており、他の従業員もそのことを知っている場合が多い。)。そうでないと、使用者の認識の有無のみによって解雇の有効無効が決定される(主観説)と共に、後日使用者が認識したということだけで何等の事情が変更していないのに、予備的解雇の意思表示さえあれば解雇が有効になるということを承認すべきであるということになってくるからである。それに、使用者としては、「解雇する」との意思を表明さえすれば良く、後日訴訟になった場合でも、口頭弁論終結に至るまで解雇事由の追加提出をすることができる反面、その解雇事由を何時認識したかを主張すべき義務を負担しているものでもないからである。本件において、被申請人の第一次の解雇は、申請人の姓名・本籍、経歴等の詐称を理由としたものであるが、その解雇の意思表示当時、申請人の落書・ビラ配布の事実は、既に客観的に存在していたものであり、被申請人の知不知に拘らず、訴訟上は、当然第一次解雇の有効無効判断の対象とすることができたものであって、別段第二次解雇の意思表示をなすべき必要はなかったものである(第一次解雇の意思表示後に別個の解雇事由が発生した場合には、勿論、予備的解雇の意思表示が必要であるが。)。従って、当裁判所としては、経歴等詐称に、落書及びビラ配布とを併せて第一次解雇の有効無効を判断すれば足り、別に第二次解雇の有効無効を判断すべき要を見ないと考える。特に、第一次解雇の意思表示の際、被申請人は、既に落書及びビラ配布が申請人の指導のもとに行われた事実を知っていたと認められる本件においては、なおさらである。

しかして、申請人の姓名経歴等の詐称に落書及びビラ配布行為を加えれば、明らかに就業規則上の二つの解雇事由に該当するのであるから、或いは、解雇も止むを得ないのではないかと考える余地がないでもない。そして、解雇事由の存否に関する判断の基準は、勿論会社の規模・職種・地域差・その他諸般の事情によって各会社毎に異なるものであり、基本的にはその定められた就業規則によって定まると共に、その会社における慣行が重要な判定資料となることを否定することはできないけれども、就業規則に記載されているからと言って、社会通念上相当な事由に該当しないものについては、合理的に解釈して、解雇有効の理由となし得ないものといわなければならない。その意味において、本件申請人の各所為は、前述のような事実関係のもとでは、これを併せ考慮しても、未だ解雇を相当とする合理的相当な理由には達しないものと見るのが相当である。

従って、被申請人のなした申請人を解雇する旨の意思表示は、結局効力を生じないものであるといわなければならない。

右のように解雇が無効である以上、申請人は、被申請人に対して解雇の意思表示を行った日の翌日である昭和四二年三月一四日以降の賃金請求権を有することは明らかであるところ、被申請人の雇用する従業員の賃金は、前月二一日から当月二〇日までの分を当月二九日に支払うこととなっており、申請人の賃金は、日給月給制で一日当り金六六四円であることは、当事者間に争がなく、申請人本人の供述によれば、申請人は、有給休暇を入れて一ヶ月平均二五日働くと一ヶ月金一六、六〇〇円の賃金を得ることとなっていたが、実際は有給休暇の外に毎月平均一日の割合の無給となる欠勤があったものと一応認められる(この認定に反する疎明はない。)から、一ヶ月平均の賃金は、月金一五、九三六円であったことが計算上明らかである。従って、申請人は、解雇されなかったならば、昭和四二年三月二九日には、なお、金二七〇〇円の残賃金の支払を受けるべきものであったと共に、同月二一日以降同年四月二九日を第一回として毎月金一五、九三六円の賃金の支払を受ける権利を有していたものといわなければならない。

しかして、申請人は、被申請人会社を唯一の職場として、賃金によってその生計を維持していたものであるが、解雇が無効であるに拘らず本案判決確定に至るまで解雇者として賃金の支払を受けられないとすると、それは申請人にとって著しい損害であるというべきであるから、本件仮処分については、賃金仮払を求めるについての必要性の存在することは明らかである。

なお、申請人は、賃金仮払の外にいわゆる任意の履行に期待する仮処分を求めているけれども、任意の履行に期待する仮処分は、いわば、「雇用契約関係の存在することを仮りに確認する。」というに等しく、その本案は確認訴訟であると解すべきであるから、予め、確認訴訟について執行を保全する必要はなく、又その実効も期し難いものというべく、賃金の仮払を命ずる仮処分を発する以上(賃金仮払の仮処分は、正に従業員たる仮の地位を定める仮処分たる半面を持っており、その点において任意の履行を期待することもできるのである。)、その上に、いわゆる任意の履行に期待する仮処分を発すべき理由ないし必要性はないものといわなければならない。

よって、本件仮処分の申請は、その余の点について判断するまでもなく、賃金仮払を求める部分について一部理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないものと認めてこれを棄却するものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉永順作)

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